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コラム

 

篠﨑剛先生(昭和第一学園高等学校英語科教諭)のコラムです。

第2回「撥音「ん」のローマ字表記に関して思うこと」(2024年4月18日掲載)
第1回「日本人による英単語の発音の変化」(2024年2月5日掲載)


撥音「ん」のローマ字表記に関して思うこと

 2023年の秋あたりからコロナ禍を経て、学会発表を聞きに行くために電車に乗る機会が増えてきた。電車に乗るときは、駅員や車掌のアナウンスに耳を傾けたり、ホームや車内の掲示板や広告、路線図を見たりして何かおもしろいものはないか探している。その中でも一番見るのが路線図だ。路線図には漢字とローマ字で駅名が記されている。注意して見ているのは、長音、促音、拗音、撥音だ。長音と撥音の表記は各鉄道会社によって異なっている。撥音つまり「ん」の表記はnとmの両方がある。英語、音声学、言語学をやっている人たち以外は、「ん」のローマ字表記がmとなっていたら、「ん?」と思うかも知れない。そうこうしていると、8、9年前に気になっていたことが頭の中の引き出しから出てきた。

 日本語の撥音である「ん」を音声的に大雑把に分類すると3つになる。反対(はん[n]たい)、3回(さん[ŋ]かい)、そしてあんパン(あん[m]ぱん(1つ目の「ん」))である。それぞれの「ん」を発音するときの舌の位置や唇の形を考えるとこれら3つの「ん」の差がはっきりと分かる。ある音声学の先生が言うには、日本語の「ん」はもっと分類できるとのこと。しかし、ここでは3つまでとしておく。今回はこの日本語の撥音「ん」のローマ字表記について考えてみたい。特に無声両唇破裂音pの前の「ん」について。

 2015年11月、漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の作者である水木しげる氏が93歳で亡くなった。我が家はこのデジタル社会において未だに紙の新聞を購読している。職業柄、日本語版と英語版を購読している。水木氏の訃報については、英語版でも取り上げられていた。その記事の中には氏の代表作がいくつか書かれていた。そのうちの1つに『河童の三平』があった。ローマ字では、Kappa no Sanpeiと綴られていた。Sanpeiのpの前の「ん」にnが使われている。これは実際に発音してみればすぐに分かることだが、「ん」と発音している時の調音器官(ここでは唇)の形を内省されたい。上唇と下唇がくっついている。これは「ん」の後に来る無声両唇破裂音のpが影響しているためだ。(これと同じことが子どもに大人気のやなせたかし氏の『アンパンマン』のローマ字表記でも見られる。しばしばいや、ほぼアンパンマンのグッズにはAnpanmanと書かれている。甥が幼いころ、アンパンマンには大変お世話になったのでよく覚えている。)

 話をSanpeiに戻そう。筆者はどうしてもこのpの前のnが気になり、発行元の新聞社に電話で連絡した。記事を書かれた方が対応してくださったかは不明だが、一悶着あった。上に記したように両唇音(現代標準日本語ではp, b, m)の前の「ん」は、nと書くよりもmと書いた方がより現実の音(おん)を反映していると伝えた(ヘボン式ローマ字では「ん」はnかmで綴られるが、p, b, mの前ではmとなる。ヘボン式ローマ字綴方表によると、三瓶(サンペイ)SAMPEI、難波(ナンバ)NAMBA、本間(ホンマ)HOMMA(列挙の順番は筆者が変えた)が例として挙げられている(2024/03/18閲覧)。これは英語でも同様のことが言える。例えばimpossible, imbalance, immatureなどがある。ただし例外もあるということを言っておく。例外については割愛する)。すると、新聞記者は、「nではなくmと書いてしまうと、『さむぺい』になってしまう」と反論してきた。当然、そんなことにはならないと言ったのだが、向こうもこちらも一向に引かなかった。埒が開かず、平行線になったため、音声(電話)でのやり取りの限界に来たと思い、その場は電話を終えた。しかしどうもしっくりこない。そのためA4の紙1枚に音声・音韻の立場から「ん」をmを使って表記することの説明を他のデータ(歯茎音t, d、軟口蓋音k, gの前の「ん」のローマ字表記がどのようになるのか、調音位置がどのようになっているかの仕組みを説明して)を添えて、手紙を送った。新聞社にとって、面倒臭いクレームが来たと思われたのか、9年経った今も返事は来ない。

 丁寧に電話での音声を使った説明、手紙での文字を使った説明をしたのだが、どうしても理解されなかったようだ。悶々とするまま時間だけが過ぎた。ある日、その英字新聞をじっくり読んでみた。すると灯台下暗し、1面にローマ字で新聞名が書かれていて、その下に小さくまたローマ字でBY THE ... SHIMBUN(新聞社の名誉のため社名を...にした)と書かれていた。ご覧の通り、両唇音bの前の「ん」が両唇音mになっていた。電話に出た方の論で言えば、これは「しんぶん」ではなく「しむぶん」である。その後も「ん」のローマ字表記がどのようになっているのか注意しながら、その英字新聞を読み続けている。その結果、分かったことは、「ん」のローマ字表記には、どのようなアルファベットが来たとしてもmもnも使われていた。おそらく「ん」のローマ字表記については社内で統一されていないのだろう。新聞は多くの人(この場合は、英字新聞なので英語母語話者、英語を第二言語とする人たち、英語教育者・学習者)が読むものであり、紙にしろ、デジタルにしろ後世に残ってしまう。そのような観点からもp, b, mの前の「ん」はmで統一した方がよいのではないだろうか。

 ここで日本語のローマ字について再考しておきたい。ローマ字には訓令式とヘボン式がある。換言するとこれは、音素表記対音声表記とも言える。昭和29年内閣告示による「ローマ字のつづり方」では、「はねる音「ン」はすべてnと書く」とある。例えば、tenki, sannin, sinbun, sanmyaku, denpôなどだ。今から70年も前のシステムが未だに運用されている。これらは訓令式によるつづりである。また「ん」は含まれていないが、多くの読者が知っているKurosio PublishersやHituzi Syoboといった出版社名は訓令式を採用している。このような中、2024年1月24日の読売新聞にローマ字表記に関する記事があった。複数の表記法が混在するローマ字表記を改善しようとするものだ。有識者会議によるとヘボン式の方が訓令式よりも広く使われている実態があり、文化庁もヘボン式が有力としている。筆者もShinozakiといつも綴っているが、Sinozakiとは一度も綴ったことがない。また、これまで何百人かの生徒を見てきたが訓令式で自分の名前をつづる生徒はほぼ皆無だ。ここまできたらやはりヘボン式で統一した方がよいのではないだろうか。

 最後に追記として日本語の「ん」を英語母語話者が発音した時の経験談を載せておく。2000年代初頭、大学生だった頃、神奈川県の厚木まで通っていた。使用したのは小田急線の本厚木(ほんあつぎ)駅だった。そこでは英語を母語とするカナダかアメリカ出身の先生が言っていた「本厚木」をあえてカタカナで表記すると「ホヌアツギ」だった。日本語の「ん」の発音と英語のnの発音の差の大きさを実感した。日本語学の世界では、撥音「ん」は、促音「っ」と長音「ー」と並び、特殊拍として括られている。日本語の「ん」は五十音の表では最後に来て、ワ行の次の行に「ん」だけの行を持つなかなか侮れない存在である。この場では五十音順の並びに関しては言及しないが、その順序には大きな役割・特徴を持っている。「ん」について興味が沸いた方には山口 (2010) を紹介してこのコラムを終える。山口氏は「はじめに」で東京メトロ東西線の日本橋(Nihombashi)という駅名表示に言及している。鉄道会社に問い合わせたところ、「欧米の方から、Nihonbashiと書くのは表記の慣例として間違っていると指摘されたからだ…」とのこと。また、山口氏の配偶者はフランス人だそうだが、上述した環境によって、nとmを使い分けていて、このことは英語とフランス語に限らずヨーロッパ諸言語の表記の慣例となっているそうだ。他に山口氏は「ん」の起源と発生に言及し、通時的に「ん」について説明している。

 

参照URL
ヘボン式ローマ字綴方表
https://www.ezairyu.mofa.go.jp/passport/hebon.html

 

参考文献
山口謠司 (2010)『ん 日本語最後の謎に挑む』(新潮新書)東京:新潮社.
「ローマ字混在 改善へ」『読売新聞』2024年1月24日朝刊

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日本人による英単語の発音の変化

 古くて新しい問題だが、英語音とその日本語への転写音について、いくつか綴ってみたい。

 年末になると悩ましいというか耳のあたりがもぞもぞしてくる。それは英語で書くとMusic Awardや... Awardのawardの発音だ。耳にするほとんどが「アワード」と発音されている。「アワード」と書かれているものさえ目にすることもある。ただ、2023年の晩秋、朝の民放のニュース番組でアナウンサーが「アウォード」と発音しているのを初めて聞いた。しかし、不思議なものである。古典的な映画、Star Warsは昔から「スター・ウォーズ」と発音されている。「スター・ワーズ」などと聞いたことは全くない。同じwarを含んでいるにもかかわらず、一方は「(ア)ワー(ド)」でもう一方は「ウォー(ズ)」。ネットで検索するとサッカーのJリーグでは、「Jリーグアウォーズ」と言っている。この表彰式は1993年からあるそうだ。ある意味例外に見えて、実はこちらが実際の英語発音に近い。このほかにも実際の英語の発音・綴り字と日本人が発音する英語の転写音との間には乖離が存在している。例えば、ジアスターゼdiastase、ジフテリアdiphtheria、ジレンマdilemma(アメリカ英語)がある。Disney Seaは、「ディ」と発音できる若者でさえ、Seaは日本語の「シ」の音で発音し、[s]の音では発音していない。

 「アワード」・「アウォード」問題は解消されていないが齟齬が解消されつつある場合もある。それは「ファースト」と「ファスト」だ。ハンバーガーなど注文後すぐに提供される食べ物を「ファーストフード」と長らく発音してきた。「ファースト」と長音を使うと英語にした時、本来の正しい発音のfastよりもfirstに近く聞こえる。野球の一塁は、1番目、firstなので「ファースト」と言って何の問題もない。『大辞林』第四版 (2019) によると、「ファースト〖fast〗の項に→ファスト」とある。「ファスト」の項には「ファスト○○」が6個あった。もちろん「ファストフード」も含まれている。「ファストフード」の意味説明は敢えてする必要はないと思われる。近年ではテレビ局のアナウンサーも「ファストフード」と発音するようになってきている。他に「ファストファッション」も挙げられている。これは比較的新しいものだろう。意味は、「最先端の流行をいち早く取り入れ、それを安く提供する衣料販売チェーンの業態。また、その衣料品。」となっている。「ファーストファッション」という発音は聞いたことがない。「ファーストフード」>「ファストフード」という変化があった。この変化を受けて「ファーストファッション」とならず、「ファストファッション」となったのだろう。

 大分、前置きが長くなったが、本題に入りたい。これらと同様の日本人による英単語の発音問題が筆者の職場で聞かれる。コロナ禍以前、会議といえば、大人数が1つの部屋に集まり行われていた。コロナ禍中はリモート会議ということで大人数で1カ所に集まることはなくなった。その代わりにMicrosoftのteamsが使われ始めた。teamsの発音が気になっている。本来なら国際音声字母を使って書くべきだが、敢えてカタカナで記す。teamsが導入されたあたりは、自分でも「ティームズ」と発音していて、そのような発音も耳にしていた。その後、しばらくすると「チームズ」に変わった。「紅茶」、特にミルクの入ったものを「ミルクティー」、レモンの入ったものを「レモンティー」と多くの人が発音している。(私が英語を習い始めたころ、塾で同じ部屋にいた私よりも年下の少年は、「ミルクチー」と発音していたが、これは例外であろう。大人で「紅茶」を「チー」と発音している人には出会ったことがない。)「紅茶」を英語で書くとteaと綴る。teamsの中のtea-と同じである。それにもかかわらず、「ティー」から「チー」に変化した。まれにスポーツなどをきっかけにできた集団を「ティーム」という人もいるがほとんどの人は「チーム」と発音している。「ティー」>「チー」変化の次の形態として、今職場では複数の同僚たちが「チームス」と発音している。とうとう濁音が清音になってしまった。これも日本的である。日本語で濁音が清音に変化した例は他にもある。日本のプロ野球チーム名にそれらは見られる。それぞれの語末のsの発音に着目してほしい。阪神Tigers「タイガース」や楽天Eagles「イーグルス」は清音。一方で横浜BayStars「ベイスターズ」、ヤクルトSwallows「スワローズ」、オリックスBuffaloes「バッファローズ」そして日本ハムFighters「ファイターズ」とこちらは濁音のまま。なぜ有声音の後の同じ綴り字sが清音になったり濁音になったりする揺れが存在するのだろうか。「ティー」が「チー」になるのは、現代標準日本語に「ティ」という発音がないからだろう。「チームス」と発音されるようになったことにより、teamsの日本語化は完結されたと思われる。この変化のスピードはかなり速かった。2020年の新型コロナウィルス禍を始点とするとほんの3年でここまで変化した。現在では「チームス」という記述も少ないながら見られる。一方、awardの変化は大分時間がかかったし、変化の途中とも言える。文字だけ見ていたらawardはまだしばらく「アワード」という発音のままだろう。

 以上、見てきたように英語音を日本語音へ転写しようとすると不規則なことがよくある。「ティームズ」>「チームス」から分かるように現代日本語においても言語変化は常に進行していることが分かる。誤りと捉えるか、変化と捉えるかは人により異なるが、いずれにせよ柔軟な思考が必要であろう。

 

参考文献

松村 明(編)(2019) 『大辞林』第四版 東京:三省堂.

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