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コラム

 

 

 先日(4月)、全国版ニュース番組で、お笑い芸人のとにかく明るい安村氏(1982-)がイギリスの人気オーディション番組Britain's Got Talentに出場し、会場を大いに沸かせたというエンタメニュースを目にした。筆者は以前、北海道教育大学旭川校に勤めていたが、安村さんは旭川実業高校野球部の卒業生で、以前、氷点下の旭川冬まつりの会場にパンツ1枚で旭川観光大使のたすきをつけてステージに上がっていたことが思い出される。芸人としていろいろ苦労されているであろうが、同じ道産子、日本人として世界での活躍を素直にうれしく思った次第である。
 さておき、彼のネタは日本でも流行っていたので説明するまでもないであろうが、体型を活かした「安心して下さい、履いていますよ」である。このネタを今回の英国オーディション番組では全編英語でやり通している(生徒にも大いに学ぶことがあると思われる)。

(1) 安村:I'm wearing pants. But I can pose naked.
   司会者:No, don't. / No, thank you.
   安村:No. 1; football player naked pose. Come on!
     (裸のように見えるサッカー選手のポーズを取る)Don't worry. I'm wearing!
   司会者:Pants!(会場笑い)
   安村:OK? OK, No. 2; horse racer naked pose. Come on!
     (裸のように見える騎手のポーズを取る)Don't worry. I'm wearing!
   司会者:Pants!(会場笑い)I love it. / He's a genius.

以下、同じことをNo. 3; James Bond naked pose(裸のように見える007のポーズ)、Finally, Spice Girls Wannabe naked pose(スパイス・ガールズの代表曲『ワナビー』)でも繰り広げる。
 ここで注目したいのは、彼がDon't worry. I'm wearing!と言った後、いずれも少し間を置いて、司会者の女性(採点者)たちがPants!と叫ぶことにより、一層会場が盛り上がっていることである。
 日本語であれば、一度、パンツが出てきている(あるいは見えている)状況で「安心して下さい、履いていますよ」は全く問題がない。しかし、英語は他動詞を目的語なしに用いることは原則、文法(統語論)が許さないのである。
 生徒はしばしば「前に出てきたものは省略できる」と勘違いしているが、少なくとも英語の省略においてそれは必要十分条件ではない。確かに以下の(2B)が示すように、日本語では主語の「私は」や目的語の「それ(=映画)を」が共に省略可能である。

(2) A: 昨日の映画、見た?
   B: うん、見た、見た。

しかし、英語では主語のIや目的語のitが旧情報(既知)であっても、省略はできない((3)参照)。

(3) A: Did you watch the movie last night?
   B: *Yes, φ watched φ.

英語としては目的語をitとして言語化しYes, I watched it.とするか、動詞句全体を削除して、支えの時制助動詞を残したYes, I did.としなければならない。生徒には日英語の大きな違いとしてこのことを意識させるべきである。つまり、今回のネタで言えば、「I'm wearingの後に何もない文は英語母語話者にとって気持ち悪い、目的語のパンツを補いたくなる」というのがポイントである。(日記文で主語Iが省略されること、I read (books).やHe eats (meals).などの潜在目的語は英語教育上はまずは特別な事例と考えた方がよい。)
 安村さんが「履いてますよ」を直訳して単にI'm wearing!としたのか、計算の上で目的語を言っていなかったのかはわからない。しかし、ベタではあるが、紅茶、サッカー、競馬、007、スパイスガールズなどイギリス人の心を掴む計算をしてネタに臨んでいた。
 今回のエピソードは大学の英語学概論等で、必要不可欠な「項」(=主語、目的語、補語、義務的な前置詞句)と随意的な「付加部」(=修飾語)の差異の認識でも有用だが、その他、中高生にとっても、「今、履いていること」は進行形のbe wearingを用いること、単純現在形のwearは習慣を表し、1回の動作の「履く」はput onを用いることなどが喚起できる。
 また、サッカー、パンツ(下着)はアメリカ英語ではsoccer, underwearを用い、イギリス英語ではfootball, pantsを用いることも同様である。筆者は高校生の頃、ケンブリッジ大学のアメリカ人学生がイギリス人学生に向かって、閉まってしまった大学の門によじ登って何とか中に入れたが、その際、ズボン(pants)が破れてしまったというエピソードを伝えると、But how could you tear your pants(パンツ)without tearing your trousers(ズボン)?と聞き返された長文を今でも覚えている。

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